東京高等裁判所 平成元年(行ケ)186号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第二号証(昭和五九年七月三〇日付け手続補正書、以下「第一補正書」という。)、甲第三号証(昭和六一年八月一日付け手続補正書、以下「第二補正書」という。)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。
本願発明は接着シートに関するものである(第一補正書第一頁第一〇行、第二補正書第二頁第四行ないし第九行)。従来、セロハンテープ等の片面又は両面接着テープは使用後に次第に剥がれ易くなる、剥がれた部分が他の物に粘着する、剥がれた場所に汚れが残る等の欠点があつた(第一補正書第一頁第一一行ないし第一五行、第二補正書第二頁第一〇行ないし第一三行)。本願発明はこのような欠点のない接着シートを提供することを目的とし(第一補正書第一頁第一六行、第一七行、第二補正書第二頁第一〇行ないし第一三行)、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用した。
本願発明は、右構成を採用したことにより、水に濡らすと直ちに非常に強い接着力が現れ、また使用後には、水に濡らしただけで短時間でたやすくかつきれいに剥がすことができるという作用効果を奏するものである(第一補正書第三頁第一三行ないし第二〇行、第二補正書第三頁第四行ないし第六行)。
(二) 第一引用例及び第二引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。さらに、成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例記載のものは、物理的特性が改良された再湿性接着紙に関するものであり(第一頁左下欄第八行、第九行)、従来の再湿性接着紙は長期間重ね保存するとブロツキングを起こしたり、湿度の影響を強く受けカールを発生し、さらには、再湿面は水溶性高分子の均一膜で覆われており、該面上への文字、罫線等の印刷が不可能であつたため(第一頁左下欄第一九行ないし右下欄第九行)、これら欠点を解決した再湿性接着紙を提供することを目的とし(第一頁右下欄第一〇行ないし一四行)、紙面に水溶性糊剤粒子、有機溶剤、該有機溶剤可溶性バインダーを主成分とする塗液を塗布したものである(第一頁左下欄第三行ないし第五行)ことが認められ、また、成立に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例記載のものは、従来、壁紙、襖紙等の表面材として使用されている化粧シートの中には、固化した貼着層に粘性を与えるために水塗りをすると、場所によつては粘度に差が生じ易く、これを防ぐために多量の水を使用すると流動性に富むために再湿性糊の一部が流失することがあり、作業性に乏しいという欠点があつたため、これらの欠点を解決し、基材の裏面に再湿性を有する糊層を形成し、該糊層を吸水性を有するシートで被覆して成る化粧シートを提供することを目的とし(第一頁左下欄第九行ないし右下欄第五行)て審決認定の構成を採用したものであることが認められる。
2 原告は、ポリビニルアルコールとカルボキシメチルセルロースとを組み合わせた糊液を得ることは第一引用例及び第二引用例の記載からは容易に推考し得ることではなく、また、そうしたことによる作用効果も予測し得ないものである旨主張する。
しかしながら、ポリビニルアルコールやカルボキシメチルセルロースは、紙や布帛などの糊剤としてきわめて広く用いられており、それらは個々に特有の性質をもつものであることは当事者間に争いのない事実であり、そして、成立に争いのない乙第一号証によれば、「繊維加工便覧改訂版」(株式会社高分子刊行会昭和四五年一月一〇日発行)には、ポリビニルアルコールは、紡績糸の経糸糊剤として用いる場合、デンプンを助剤として併用して効果をあげられることが記載され、また、成立に争いのない乙第二号証によれば、中村長一著「紙のサイズ」(北尾書籍貿易株式会社昭和四五年一一月一日発行)には、カルボキシメチルセルロースは、紙の糊剤としてデンプンと併用されることが記載されていることが認められるから、糊剤であるポリビニルアルコールやカルボキシメチルセルロースは、その目的に応じて適宜他の物質と組み合わせて使用されることは、本件出願当時の周知技術であると認められる。そして、右周知技術を本件出願当時の技術水準として参酌し、第一引用例及び第二引用例をみた場合、当業者であれば、第一引用例及び第二引用例記載のものから、異なつた二種類の糊剤を単に組み合わせて用いるという本願発明の構成を得ることは容易に想到し得ることであるといえる。そして、本願発明の奏する効果について、原告は、本願発明はポリビニルアルコールやカルボキシメチルセルロースを単用した場合の接着力よりもはるかに強い相乗的接着力が得られる旨主張するが、接着剤の接着力は、接着されるシートの材質、接着剤の使用量にも左右されるものであるから、ポリビニルアルコールとカルボキシメチルセルロースを併用した場合の「相乗的接着力」の有無をみる場合も、それぞれを単用した場合のものと使用量を同一にし、かつ、本願発明は接着されるシートの材質について限定していないのであるから、材質を種々変えてその効果をみる必要があるところ、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、例1として、ポリビニルアルコールとカルボキシメチルセルロースを併用した例が、例2として、ポリビニルアルコールを単用した例が、例3として、カルボキシメチルセルロースを単用した例が示されているが、これらはいずれも障子紙に接着剤を塗布した場合だけについてのものであり、しかもそこで使用されている接着剤の量については何ら記載されていないものであることが認められ、右事実からすると、ポリビニルアルコールとカルボキシメチルセルロースを併用したことによつて、両者がそれぞれ奏する効果を合わせた以上の効果が奏され得るものと認めることができず、結局本願発明の奏する作用効果も、単にこれらを組み合わせたことによる接着力を示すというにとどまるものであつて、予測の範囲を超える顕著な作用効果であるとは認められない。
3 以上のとおりであるから、第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて本願発明の構成を得ることは容易であり、その作用効果も予測の範囲にとどまるもので、特別顕著であるとは認められない、とした審決の判断は正当であり、審決に原告の主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
ポリビニルアルコールとカルボキシメチルセルロースとを組合わせた糊液を支持体に塗布しそして該支持体を乾燥させることにより得られる、ポリビニルアルコール単用の場合やカルボキシメチルセルロース単用の場合の接着力よりもはるかに強い相乗的接着力を示す接着シート。